ジャズの扉を叩こう!
−ジャズという素晴らしい音楽 入門編−


第20回
BY 公子王孫
音色と音 その1

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 ジャズのことをよく知らない人でも、ジャズといえばアコースティック楽器でやるものだというイメージをもっているのではないかな。実際、ある時期からエレクトリックの楽器も使うようになりましたが、今でもアコースティック楽器が使われることが圧倒的に多い。
 ジャズが生まれ発展してきた時代にはエレクトリック楽器が普及していなかったから当然ですが、ポピュラー音楽においてエレクトリック楽器が主流になった今でも、多くのジャズがアコースティックで行なわれています。それには理由があると思っています。
 アコースティック楽器というと、ナチュラルな暖かさ素朴さ、最近だったら「エコ」をイメージさせますね。しかしジャズミュージシャンは、そんなものを求めてアコースティック楽器を使っているわけではないと思います。
 アコースティック楽器は、やりようによってはもの凄くえげつない音が出るし、最近のジャズにおいて「テクニック」と言えば、指が早く正確に動くことはもう当たり前で、いかにえげつなく、かつ美しい音を出すかが最も重要なテクニックなんです。
 エレクトリック楽器でも、ギターにディストーションをかけたりしてえげつない音を出すけど、ジャズはあくまでアコースティック楽器を人間の身体を使って震わすところがとても大事です。

 たとえばテナーサックスを吹くとテナーサックス固有の音が出ると思われています。もちろんそうなんですが、テナーサックスという楽器の幅の中で「どんな音を出すか」を苦心しているのがジャズミュージシャンです。
 音が大事なのは他の音楽でも同じなのはいうまでもありません。しかし、個人の表現手段として、文字どおり「体を張って」出すのが、ジャズの「音」です。
 ということは、楽器の音もそのミュージシャンの「個性」として楽しむことができることになります。これまで聴いてきたアルバムを各ミュージシャンの出す音の「音色」に注意して聴き直してみてください。 以下に二つだけ例をあげます。

 テナー・サックスはジャズで最も多用されるフロント楽器ですが、その理由は、個性が出やすく魅力的な音が出せるせいだと思います。二大巨頭、[1]ソニー・ロリンズと[4]ジョン・コルトレーンを比較してみましょう。
 テナー・サックスは、本来、男性的で包容力や温かみを感じさせる音が魅力です。ロリンズの「ブォー」という野太い音に、そんなテナー・サックスの魅力がよく表れています。
 しかし、[1]の「セント・トーマス」や「モリタート」の出だしを聴くと、どこか素朴でユーモラスにも感じます。一見すると二枚目ではないのに、いざというときに頼りがいがありカッコ良く見える男優のようです。
 コルトレーンの音は、そんな正統派テナー・サックスから外れています。比較的高音を多用するせいもありますが、テナー離れした艶のある音が魅力です。コルトレーンがリーダーではありませんが、下記のアルバムの2.「スピーク・ロウ」を聴いてください。

 
[17] ソニー・クラーク『ソニーズ・クリブ』(1957年)
Sonny Clarke “Sonny’s Crib” (Blue Note)



Sonny Clark (p)
Donald Byrd (tp)
John Coltrane (ts)
Curtis Fuller (tb)
Paul Chambers (b)
Art Taylor (dr)
1957年9月1日録音

1. With a Song in My Heart
2. Speak Low
3. Come Rain or Come Shine

4. Sonny's Crib
5. News for Lulu

  僕はこの冒頭のメロディに初期のコルトレーンの音色の良さが最もよく表れていると思っています。
 コルトレーンは、この「艶」を晩年に至るまで究めて行きます。コルトレーンの音の魅力は、回をあらためて述べたいと思います。


 第11回でクリフォード・ブラウンのトランペットの音の魅力は述べました。そんな彼の音の魅力が最もよく表れているアルバムを追加して紹介しましょう。

[18] 『クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス』(1955年)
"Clifford Brown with Strings" (EmArcy)



Clifford Brown (tp)
Niel Hefti (arr,cond)
Richie Powell (p)
Barry Galbraith (g)
George Morrow (b)
Max Roach (ds)

3,10,11
1955年 1月18日録音
2,5,8,9
1955年1月19日録音
4,6,7,12
1955年1月20日録音

1. Yesterdays
2. Laura
3. What's New
4. Blue Moon
5. Can't Help Lovin' Dat Man
6. Embraceble You
7. Willow Weep For Me
8. Memories Of You
9. Smoke Gets In Your Eyes
10.Portrait Of Jenny
11.Where Or When
12.Stardust
  「メロディー」とも「サウンド」とも違う「音」が、音楽にとってどれほど重要かがわかるアルバムです。

 もう一人のトランペットの大物、マイルス・デイヴィスですが、彼の音はブラウンとは対照的です。ブラウンの暖かくふくよかな音に対して、繊細で鋭い音を出します。それはよく「卵の殻の上を歩くような」と表現されることもあります。
 マイルスももしかするとブラウンのような聴き手を圧倒する音を出したかったのかも知れません。しかし肉体的にそれができなかった。しかしそのことが彼の音楽の個性を作ったように思います。
 これは勝手な推測でしかありません。しかしそう考えると、ハンディキャップを克服する彼の意志の強さが、彼の音楽の魅力につながっていると感じられます。そんな人間の心のうちを思いながら音楽を聴くことも、ジャズの面白さの一つではないかな。
 [11]の「枯葉」の突き刺すような音を聴くと、クリフォード・ブラウンの対極的なところでトランペットの音が極められていることがわかります。ブラウンからマイルスまでの幅の広さが、ジャズという音楽の豊かさを表しています。

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