ジャズの扉を叩こう!
−ジャズという素晴らしい音楽 入門編−


第19回
BY 公子王孫
ブラインドとスイング

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 ジャズファンがよくやる「遊び」に、通称「ブラインド」(正確には「blind fold test」)とよばれるものがあります。曲を聴いて演奏しているミュージシャンを当てるというものです。
 ただし、それまでに聴いてきた曲や演奏の記憶にもとづいて当てるのではなく、演奏者の個性を聴き分けることにより当てるのです。したがって、初めて聴いたアルバムでも当てなければいけません。
 ジャズにおいてミュージシャンの個性が重要であることは第8回で述べましたが、ミュージシャンを好きとか嫌いとか良いとか悪いとか言えるのは、そのミュージシャンの個性を充分にわかった上でのことだろう、ということで、そんな遊びが成立します。
 むかしはジャズ喫茶でブラインド大会が開かれたりもしたそうですが、そんな大そうなことをしなくても、ジャズファンは、居酒屋で流れる有線のジャズに耳をそばだてて、「おっ、コルトレーンじゃん」などとひそかに思ったりします。つまり日常的に反射的にやってしまうものになっているのです。
 フロントでソロをやる楽器であれば個性が目立つので当てられますが、ソロのバックで伴奏をしている楽器、特にベースやリズムギターのように1小節に4回音を刻むだけの演奏から当てるのは、至難の業です。
 しかし例外がいます。カウント・ベイシーのビッグバンドで終生リズムギターを弾き続けたフレディ・グリーンです。
 彼のギターは、ビッグバンドのバックで小さく鳴っていても、ぼんやり聴いていも、すぐにわかります。なぜ彼のギターは聴いた瞬間にわかってしまうのか、これはジャズ界一の謎だと思っています。

 フレディ・グリーンの特徴を一言で言えば、「スイングしている」。「スイング」とは、ジャズ特有の跳ねるようなリズム感を言います。その、わくわくするような、活気あふれるリズム感は、ジャズの最も基本的な魅力です。
 彼の所属したカウント・ベイシーのバンドは、ジャンル的には「スイングジャズ」とよばれます(他にデューク・エリントンやベニー・グッドマンなどがいます)。スイングする楽しさを前面に押し出したジャズだからです。

 ここでフレディ・グリーンの演奏を聴いてみましょう。

 
[16] カウント・ベイシー・オーケストラ『ベイシー・イン・ロンドン』(1956年)
Count Basie “Basie in London” (Verve)


Count Basie (cond,p)
Joe Newman,Thad Jones,Wendell Cully,Renuald Jones (tp)
Henry Coker,Benny Powell,Bill Hughes (tb)
Marshall Royal (cl,as)
Billy Graham (as)
Frank Foster (ts)
Frank Wess (ts,fl)
Charlie Fowlkes (bs)
Freddie Green (g)
Eddie Jones (b)
Sonny Payne (ds)
Joe Williams (vo) #7,8,9

1956年9月7日録音

1.Jumpin' At The Woodside
2.Shiny Stockings
3.How High The Moon
4.Nails
5.Flute Juice
6.Blee Blop Blues
7.Well Alright Okay You Win
8.Roll 'EM Pete
9.The Comeback
10.Blues Backstage
11.Corner Pocket
12.One O'Clock Jump

 まずは「シャイニー・ストッキングス」を聴いてみてください。比較的静かに始まる曲ですが、冒頭で彼の特徴的なリズムギターがよく聴こえます。
 この演奏を覚えてしまうと、他のどんなに激しい曲でも速い曲でも、彼のギターがつねに聴こえていることがわかるでしょう。そして、ハッピーでゴージャスでパワフルなカウント・ベイシーの音楽の土台になっていることがわかると思います。

 スイングジャズの後に登場したモダンジャズ(第12回参照)によって、能天気にスイングさえしていればいい、とは思えないほどジャズは広く深くなってしまいました。しかし強烈にスイングするジャズの魅力には、やはりあらがえません。
 居酒屋でかすかに流れるジャズが聴こえしまうのも、個性的なテナーサックス奏者の魅力的なアドリブソロに反応するからではなく、まずはスイングの活気がジャズ耳に飛び込んでくるからだと思います。
 演奏する側からすると、単にジャズの「楽しさ」を担うだけではないかも知れない。第14回で即興演奏を「苦行」だと言いましたが、それを乗り切るために気分をハイにする麻薬のような役割をはたしているような気がする。
 スイングジャズの名曲に、デューク・エリントンの「スイングしなけりゃ意味がない [It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing)]」というスタンダードがありますが、このタイトルはモダンジャズ以降の現代にも当てはまりますね。

 僕は楽器を演奏しないのでくわしいことはわからないけど、演奏技術的には、スイングさせる方法は、リズムを小節の単純な等分割からずらすことではないかな。
 第17回で、ウォーキングベースが、ジャズ的空気をつくるのに重要な役割を果たしていると述べましたが、それも微妙な"ずらし"のなせる業でしょう。さらに言うと、第12回のパーカーの"リズム感覚の速さ"も、音単位の"ずらし”から感じるものだと思います。
 ジャズでは個性が大事と言いましたが、その人固有のずらしのセンスも、個性の重要な要素です。足音のリズムで誰が近づいてきたかわかることがありますが、スイングのリズム感も、ブラインドの大きなヒントになります。
  

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