ジャズの扉を叩こう!
−ジャズという素晴らしい音楽 入門編−


第21回
BY 公子王孫
音色と音 その2

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 音楽が理論的に論じられるとき、楽譜に書ける音程やリズム、つまり「音符」のみが対象になることが多いですね。しかしジャズファンは、楽譜に記せないわずかの音のずらしを「スイング感」として楽しんでもいいということを第19回で述べました。
 音符もスイング感も「音の連なり」を表していますが、もっとプリミティヴな「音」そのものに強い魅力を感じることができるのがジャズなのです。
 さてそうなると、ジャズを聴くときに、音程とリズムのみが認識できれば充分とはならないことがわかるでしょう。したがって、「オーディオ」が重要なポイントになります。ここで言う「オーディオ」とは、音楽ファンが自宅に置く「オーディオ装置」だけでなく、作り手が、音楽を録音し、ディスクなどで音源として販売することも含みます。

 まずは作り手の方から具体的にみていきましょう。ジャズのディスクのメーカーは「レーベル」とよばれます。レコードの中央に貼ってあるラベル(label)に由来します。
 ジャズで最も有名なレーベルは、なんと言っても「ブルーノート (Blue Note)」でしょう。ブルーノートは、音楽的にはたいへん個性的なレーベルだと思いますが、強烈にジャズを感じさせるため、多くのジャズファンを魅了してきました。
 ほとんどのアルバムが一定以上の水準にあり、マイナーな人も含めて多くのミュージシャンが傑作をブルーノートに残しています。ジャケットもスタイリッシュで、キャットフィッシュレコードに行けば壁にディスプレイされたブルーノートのLPレコードのジャケット見ることができますが、それ自体でアートのようです。
 そして、ブルーノートの大きな魅力の一つに、その録音があります。その魅力の元は、録音において一種の「演出」を行ったことだと僕は思っています。

 オーディオの大切な考え方に、楽器の生の音を忠実に録音し再生すること、いわゆる「ハイファイ(Hi-Fi)」がありますね。
 それに対しジャズでは、Hi-Fiがおろそかにされているわけではないのですが、Hi-Fiから一歩踏みこんで、ジャズがよりカッコ良く感動的に聴こえるように演出する、そういう部分が多かれ少なかれあります。
 その演出が最も過剰に行なわれているレーベルがブルーノートです。実例を聴いてみましょう。

[19] アート・ブレイキー & ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』(1958年)
Art Blakey & the Jazz Messengers ”Moanin’” (Blue Note)



Art Blakey (ds)
Lee Morgan (tp)
Benny Golson (ts)
Bobby Timons (p)
Jymie Merritt (b)
1958年10月20日録音

1. Moanin'
2. Are You Real
3. Along Came Betty
4. The Drum Thunder Suite
  First Theme:Drum Thunder
  Second Theme:Cry A Blue Tear
  Third Theme:Harlem's Disciples
5. Blues March
6. Come Rain Or Come Shine


 1曲目の「モーニン」の冒頭のピアノを聴いてください。重厚で芯があり、わずかに金属的でありながら、使いこんだ木製家具のようなまろやかな艶も感じられます。
 ピアノの音は学校で聞いたことがあるでしょうからわかると思いますが、実際のピアノはこんな音はしないでしょう。
 重く芯のある音は、パウエル派(第8回参照)であるボビー・ティモンズの音の特徴ではあります。しかしその特徴がさらに強調されているのは、プロデューサーであるアルフレッド・ライオンとレコーディングエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーによる演出であったと思います。
 ある次期以降のブルーノートのアルバムでは、全体的にこのような演出がなれています。そのためHi-Fiを越えた現実離れした厚くそして熱い音となり、ジャズの世界にひたることができます。
 大音量でブルーノートのアルバムを聴いていると、まるで温泉につかっているような気分になります。刺激的で非現実的なんだけど、どっぷりつかっていると、じわっと心地良くなってくる。温まった体は、聴き終わってしばらくの間、ぽかぽかしています。

 もう一枚、聴いてみましょう。これはブルーノートのアルバムで最も音が厚く熱いアルバムではないかな。

[20] 『ソニー・ロリンズ / Volume.2』(1957年)
"Sonny Rollins,Volume 2" (Blue Note)



Sonny Rollins (ts)
J.J. Johnson (tb)
Horace Silver (p)
Thelonious Monk (p)
Paul Chambers (b)
Art Blakey (ds)

1957年4月14日録音

1.Why Don't I?
2.Wail March
3.Misterioso
4.Reflections
5.You Stepped Out Of A Dream
6.Poor Butterfly
  ここでのロリンズのテナーサックスは、演奏も荒っぽい男性的魅力があふれていますが、その魅力を強調するのが音ですね。
 あおるアート・ブレイキーのドラムスの音も、ここまでやるかというくらい熱い。

 さて、ブルーノートはアメリカ東海岸のレーベルですが、オーディオに関して西海岸を代表するのが、「コンテンポラリー (Contemporary)」です。
 さっそくアルバムを聴いてみましょう。



[21] ハンプトン・ホーズ『Trio: Vol. 2』(1955年)
“This Is Hampton Hawes, Vol. 2 - The Trio” (Contemporary)



Hampton Hawes (p)
Red Mitchell (b)
Chuck Thompson (ds)

1,3,6 :
1956年1月25日録音
2,4,5,8,9 :
1955年12月3日録音
7:
1955年6月28日録音

1. You And The Night And The Music
2. Stella by Starlight
3. Blues For Jacque
4. Yesterdays
5. Steeplechase
6. 'Round Midnight
7. Just Squeeze Me
8. Autumn In New York
9. Section Blues
 ブルーノートの音にあった「湿度」がなく、からっと乾いた音ですね。明るくて華やかで歯切れの良いハンプトン・ホーズのピアノが実に明瞭に聴こえます。
 ブルーノートがジャズという「夢」を見させてくれる音だとすると、コンテンポラリーの音は逆に過剰にリアリスティックで、これもまたジャズが迫ってくる音です。
 この違いは、東海岸と西海岸の文化の違いに由来しているのでしょうか。

 ソニー・ロリンズは、コンテンポラリーにも傑作を残しています。

[22] ソニー・ロリンズ『ウェイ・アウト・ウエスト』(1957年)
Sonny Rollins “Way Out West” (Contemporary)


Sonny Rollins (ts)
Ray Brown (b)
Shelly Manne (ds)

1957年3月7日録音
1. I'm An Old Cowhand
2. Solitude
3. Come, Gone
4. Wagon Wheels
5. There Is No Greater Love
6. Way Out West
  このアルバムのロリンズのテナーサックスの音を、[20]のそれと聴き比べてみると、両レーベルの違いが明確になります。

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